ナムコ・ナンジャタウン
ストーリー
福袋餃子自慢商店街
昭和30年代の餃子ブームに沸き立つ街
福袋七丁目商店街 餃子スタジアムオープン 名人編
名人編
“福袋ぎょうざフィーバー”から2年、福袋の街は“餃子名人の殿堂”へと進化を遂げた!

“ゴースト秘密基地”や“もののけ番外地”などの戦地より復員した“ナンジャリアン(ナンジャタウンの住民)”
たちがもたらした“餃子”。
それによって巻き起こった、“福袋ぎょうざフィーバー”より2年の間、「餃子スタジアム」の公式ルールにのっとり、福袋餃子自慢商店街にはさまざまな餃子を作る職人が現れ、その腕を競い合っていました。

 

「餃子スタジアム」の噂を聞きつけ、「我こそは!」と腕に自信のある餃子職人たちが続々と集まるようになり、いつしか、選りすぐりの極上餃子を作り出す職人ばかりが店を連ねるようになっていきました。
彼らは“餃子名人”と呼ばれ、最高の技術とこだわりで、常にこの国最高峰の餃子を作りだします。

 

そんなふうに変化した街の様子を見ていたナンジャ政庁・代表のナジャヴは、「餃子スタジアム」の公式ル―ルを変更し、より高いレベルの餃子を競う、月に一度の「餃子名人決定戦」、さらに2年に一度、決定戦を勝ち残った餃子名人たちが集まって開かれる餃子の祭典「餃リンピック」を開催することにしました。

 

また、美味しい餃子の文化をさらに広げていくために、街に店を持たない、いろいろな餃子名人たちの極上餃子を月替わりで紹介する観光案内所「月刊餃子名人」、餃子名人たちがその技術を伝承する「餃子名人教室」
が設置され、福袋神社にはさまざまな餃子の特徴が描かれた餃子の記念碑「餃子ミュージアム」も設置しました。

 

さらに、街を訪れるフェスタリアンたちにも、美味しい餃子のことを深く知ってもらうために、餃子の知識を競い合う「餃子王決定戦」を定期的に行うこととしました。
そして、福袋餃子自慢商店街「餃子スタジアム」は、全国の餃子職人たちがその栄誉を手に入れるため目指す“餃子名人の殿堂“となり、ますます訪れるフェスタリアンたちで賑わう街となりました。

前のページに戻る